ケイとミズのスタートライン
ケイとミズは付き合って3年半になる。
ケイは学校を卒業後、普通のサラリーマンにはならず、いわゆる「夢を追う生き方」を選択した。経済的に苦しくても、そっちの道を選び続けている。
そんなケイを見ていて、ミズは素敵だとも思い、寂しいとも思った。
夢を追う男はかっこいい、お金は最低限あればいい。だけど、自分のことをもっと見てほしい。
彼女は普通の女の子のように、普通に「好きな人と一緒にいること」が一番の幸せだった。
けれどもケイは「お互いが一緒にいることよりも、自分が成し遂げたいことを優先すべきだ」と言い放った。
彼女は中国へ留学することに決めた。
ケイに追いつくため。ケイに置いていかれないために。ケイの邪魔をしないために、とも思ったかもしれない。普通の女の子が決断した、大きな大きな勇気。
一年後、ケイは気づいた。
本当に強いのは自分ではなく、彼女だったということに。
感情を素直に表現する彼女。人を疑うことを知らない彼女。自分を想い続けてくれる彼女。出会ってからずっと「一緒にいたい」を一番にしてくれている彼女。それでも自分を応援してくれる彼女。
今度はケイが彼女に追いつくため、いろんなことを勉強した。いろんな人に出会って話をした。
泣けない自分。感情がうまく表現できない自分から卒業したい。彼女の素敵な部分を、自分が奪ってしまわないために。
泣かなくなったミズ。泣きたくなったケイ。
秋の気配がしはじめた頃、一週間だけミズが帰国することになった。インターン生になった彼女は、あと10ヶ月中国に滞在する。
「久しぶりに会うし、俺んち狭いし、ちょっとだけいいホテルを予約したよ。」
「無理しなくていいのに。ありがとう。」
きれいな絨毯が敷かれたロビーを通り、オールバックのベルボーイに丁寧に挨拶される。そして少し緊張しながら32階の部屋に向った。
指輪をポケットにしのばせて。
「結婚は墓場だ。少なくとも30歳までは結婚しない」と断言してきたケイ。30歳まであと3年あるその日、まさかプロポーズされるなんて思ってなかったミズ。
結婚してください
ありったけの想いと、今までの感謝の気持ちを手紙に書いた。
泣かなくなったミズも、その日はたくさん泣いた。
23時30分、ケイは携帯をチェックしてミズに言った。
「部屋のドアを開けてごらん。」
部屋の前には2輪の小さな花が置いてあった。靴型の容器に入れられたそれは、まるでシンデレラの靴のよう。
その小さな花は、ケイとミズのように仲良く寄り添って2人を祝福した。
魔法使いのおばあさんが、ソーッと置いていったプレゼント。ドキドキしながら忍び足で置いていった枯れない2輪のお花。
タイミングいいときにワンコールが鳴るため、ちゃんと気づくようにと珍しく後ろポケットに携帯をしのばせてたらすっかり忘れててトイレに水没させてしまったそのおばあさんはとてもとても焦りましたとさ。
めでたし、めでたし。
【注意】 人名は仮名です。ちなみに前半のお話(表現)は、わたしの妄想も含まれています。